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朝から頭の中でシミュレーションしていた、完璧な午後。
14時にお迎え、15時にスーパー、16時に夕飯準備——。
それがひとつ、またひとつと、ちょっとずつズレていく。
大きなトラブルじゃないんです。誰かに意地悪されたわけでもない。
ただ「ちょっとずつ」なのに…どうしてこんなにイライラするんだろう、って。
気づけば足音が強くなっていて、肩がガチガチになっている。
この感覚、痛いほどわかるんですよね。
私自身も、計画通りに進まないとモヤモヤが積み重なっていくタイプで。
今回は、そんな「じわじわイライラ」に向き合ったカナのお話です。

スーパーの長い列。スマホを見ながら、カナの胸にじわりと落ちてくる感情。
「…なんで全部、ちょっとずつズレるの…」
頭の中には鮮明なスケジュールが並んでいました。
14時お迎え、15時スーパー、16時夕飯準備——。
完璧なはずだった午後が、気づけばぐにゃりと歪んでいる。
帰宅すれば、子どもが「くつ下どこー!!帽子もない!!」と玄関で叫んでいる。
ここでまた15分ロス。
再びスーパーへ向かう足音が、知らず知らず強くなっていく。
肩はガチガチ。バスケットを握る手にも、なんとなく力が入っている。
これがちいドロ——小さなドロドロとした感情の始まりです。
「イライラしている」とはっきり言えない、でも確かに胸の奥で何かが積み重なっていく、あの感じ。

時計は16時15分。
「もう今日は全部ダメだ。帰ったらマサキに電話して……いや、八つ当たりするだけだ」
カナの胸の中で、ちいドロがどんどん大きくなっていきます。
でもここで、あるシンプルな図が浮かび上がってきます。
「私の期待(こうあるべき!)」と「現実(実際は…)」のメーター。
このふたつのギャップが大きいほど、イライラの音量も大きくなる。
そう、出来事の大きさじゃないんです。
期待値の高さがイライラを決めていたんですよね。
隣では、子どもが無邪気に「ママ、あのおじさんのカゴ、すごく一杯!」なんて言っている。
その無邪気さが、なんともいえず胸に刺さる。
そこに、優しい声で問いかけが落ちてきました。
「その”こうあるべき”って……誰が決めたんですか?」

「は っ」——カナの表情が、ふっと変わります。
「あ……私、今日の午後、完璧に決めすぎてた。
はあ……誰もそんなスケジュール要求してなかったのに」
この気づきが、脳ダマの入口です。
カナがここで使ったのは「言葉の脳ダマ」。
「こうあるべき」という言葉を、「まあ、いっか」に置き換える——言葉のリフレーミングです。
受容でも、柔軟性でも、ポジティブな意味づけでも、どれかひとつでいい。
全部できなくていいんです。
カナは静かに深呼吸して、口の中でつぶやきました。
「…まあ、いっか」
そしてスマホを取り出し、一行だけメモを打ちます。
「今日はレトルトカレーでいい」
「完璧な夕飯を作らなきゃ」が、「レトルトカレーでいい」に変わった瞬間。
脳に優しく別の選択肢を差し出す——これが言葉の脳ダマなんですよね。

夕日の中、子どもとつないだ手が温かかった。
「ママ、おてて、あったかいね」
キッチンでレトルトカレーを温めながら、カナはふと思います。
「こんな夕飯、予定になかったな」
でも食卓では、子どもが「カレー大好き!」と目を輝かせ、
マサキも「うまいじゃん、これ」と笑っている。
「完璧な午後じゃなかった。
でも……”台無し”でもなかったかも」
これがちいすぐの体現です。
「レトルトカレーでいい」という一行メモが、完璧主義をそっと手放す小さなアクション。
ばかばかしいくらい小さいけれど、この一行が家族の笑顔ある食卓につながりました。
予定がズレても、それはあなたのせいじゃない。
「こうあるべき」に気づいたら、「まあ、いっか」と小さく言ってみよう。
完璧じゃなくていい。”台無し”にもなっていないから。
カナが今日やったことは、たったふたつ。
口の中で「まあ、いっか」とつぶやくこと。
スマホに「レトルトカレーでいい」と一行打つこと。
でも、それだけで足音の強さが変わって、子どもの手の温かさに気づけた。
みなさんも、「あ、私いま期待値メーターが振り切れてる」と感じた経験はありますか?
そのとき、どんな言葉を自分にかけましたか?
もしよかったら、コメント欄で聞かせてくださいね。
実はカナは、このエピソードでちいドロ→脳ダマ→ちいすぐの3ステップを自然に回していたんです。
スーパーの列で感じた「ちょっとずつズレるの」というモヤッとした感覚。
帰宅後の子どものぐずりに「また15分ロス」と積み重なっていくドロドロ。
これが「ちいドロ」——小さなドロドロとした感情です。
名前のつけにくい、でも確かに胸の奥にある感情。
ここで大事なのは、解決しようとせず「ある」と認めるだけ。
「こんなことでイライラする自分はおかしいかな」なんて思わなくていいんです。誰にでもありますから。
カナが使ったのは「言葉の脳ダマ」です。
「こうあるべき」という言葉が、脳を動けない状態に縛りつけていた。
そこに「まあ、いっか」という別の言葉を差し出すことで、脳に新しい選択肢を開く。
「完璧な夕飯を作らなきゃ」→「今日はレトルトカレーでいい」。
この言い換えも立派な言葉の脳ダマです。
脳と格闘するんじゃなく、言葉を変えることで優しく別の道に誘導する。そういう技術なんですよね。
脳ダマでスイッチが入ったら、あとはほんの少しだけ動くだけ。
スマホに「レトルトカレーでいい」と打つ——たったそれだけ。
完璧な夕飯を手放す宣言を、一行メモで済ませてしまう。
続けなくていい、1回やるだけで十分。
ばかばかしいくらい小さいその一行が、家族の笑顔ある食卓につながりました。
シックスセカンズのEQ 8つのコンピテンシーの中から、今回のエピソードで特に輝いていたふたつをご紹介します。
「なんかイライラする」で止まらず、感情に正確な名前をつける力です。
カナが「あ……私、今日の午後、完璧に決めすぎてた」と気づいた瞬間——これがまさに感情リテラシーの発揮でした。
「イライラしている」のままだと、感情は行き場を失って八つ当たりに変わりやすい。
でも「期待値を高く設定しすぎた自分への苛立ちだ」と言葉にできた瞬間、
不思議と肩の力がふっと抜けるんですよね。
感情に名前がつくと、感情は「動かせるもの」に変わっていく。
このシーンを描いていて、改めてそう感じました。
「予定が狂うたびに全否定モードに入る、あの癖」——これを俯瞰できる力です。
カナは「誰もそんなスケジュール要求してなかったのに」と気づきました。
これは、自分が無意識に繰り返しているパターンに気づいた瞬間です。
人間って面白いですよね。同じシチュエーションで、同じように反応している自分がいる。
でも「また同じパターンだ」と気づけた瞬間から、違う選択ができるようになるんです。
感情リテラシーと自己パターンの認識——このふたつが「知る」の土台をつくり、カナの「まあ、いっか」を生みました。
どちらも、自分を責めるためじゃなく、自分を味方にするための力なんですよね。