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夫の真剣な相談を聞いていたはずが、気づけば口元の青のりに視線が釘付け。
「聞いてた?」のひと言で、血の気がサーッと引く——。
こんな経験、ありませんか。
このシーンを描いていて、私自身も「あぁ、これやってる」と思ったんですよね。

その夜、カナはマサキから真剣な相談を受けていました。
正面を向いて、頷きながら。お茶を持つ手の指は、ぴたっと止まったまま。
……のに、視線だけが、マサキの口元の青のりに、引き寄せられていきます。
そこから、頭の中で連想ゲームが始まりました。
青のり → 夕食のメニュー → ゴミ出し → 子どもの宿題 → 明日の会議……
頭の中のタブが、一気に4枚、5枚と開いていく。
胸の奥に、ちいさなヒヤッ。
これが「ちいドロ」です。
「真剣な話なのに、ぜんぜん集中できてない」——名前のつけにくい、後ろめたい小さなドロドロなんですよね。

マサキが「で、どう思う?」と言った瞬間、カナは固まりました。
「聞いてた?」のひと言で、血の気がサーッと引きます。
「私、ひどい妻だ……」
「真剣な話くらい、ちゃんと聞けないなんて」
「集中力なさすぎ。だから何もうまくいかないんだ」
こういうとき、私たちはついつい自分を強く責めてしまうんですよね。
でも、ちょっと違う角度から見ると、これは責めるようなことじゃないかもしれないんです。
実は人の脳って、何かに集中していても、勝手に連想や雑念が湧いてくるようにできているんですよね。
注意散漫は、脳が壊れているサインじゃなくて、ごく普通に働いているサイン。
タブが勝手に開いてしまうのは、あなたの集中力の問題じゃなくて、人間の脳がそういうふうにできているからなんです。
カナも、ふっと思い出します。
以前、EQコーチのワビタンさんに言われた言葉を。
「気づいた時点で、もう半分勝ちですよ」

カナは、ふっとひとつの技を思い出しました。
それは、自分の状態を心の中で実況中継するという技です。
「あ、今、青のりに持ってかれた」
「今、夕食のことに飛んだ」
「今、また子どもの宿題のこと考えてた」
こんなふうに、ただ言葉にしてみるだけ。
これが「言葉の脳ダマ」です。
EQの世界では「メタ認知ラベリング」とも呼ばれる、自分の状態にそっと名前をつけてあげる技術なんですよね。
不思議なもので、感情や状態を言葉にした瞬間、脳の中でぐるぐるしていたものがフッと静まるんです。
脳って意外と単純で、「あ、観察されてる」と気づくと、暴走が止まるんですよね。
脳と格闘するんじゃなく、優しく味方につける——それが脳ダマの面白さなんです。
そして、もうひとつ大事な気づき。
「100点満点に聞けなきゃダメな妻」というプレッシャーを、「気づいた時点で、もう50点=合格」にこっそり書き換えてみる。
基準が下がると、肩の力もスッと抜けるんですよね。
これは、自分への優しさ(セルフ・コンパッション)を取り戻す技でもあります。

カナが寝る前にやった「ちいすぐ」は、ふたつでした。
まずひとつめ。寝室でメモ帳を取り出して、2行だけ書きます。
気づきを「自分の中の理解」で閉じてしまわないで、「明日の関係性の中の一歩」に翻訳する。
これがふたつめの「ちいすぐ」。
そう決めた瞬間、ふっと肩の力が抜けて、呼吸が深くなりました。
「完璧に聞けなくても、いい」
「気づけた私で、まあ、いっか」
窓の外、月明かりがふっと優しく見えます。
夫の相談はまだ解決していません。明日ちゃんと聞き直さなきゃいけない。
でも、明日また話そうって思えた夜は、昨日とは少しだけ違う夜なんですよね。
真剣な話で気が散ってしまった自分を責めたくなったら、
「今、青のりに持ってかれた」と実況中継してみる。
気づいた時点で、もう半分勝ち。あとはメモに2行——「明日、もう一度聞こう」。それで、合格です。
気が散るのは、あなたが悪いんじゃない。
脳がちゃんと普通に働いているサインなんですよね。
気づけたなら、もう半分勝ち。明日また話そうって思える夜は、ちゃんと前に進んでいる夜なんです。
このエピソードで、カナは自然に3ステップを回していました。
「聞いてた?」のひと言で固まったときの、胸のヒヤッ。
「真剣な話に集中できなかった私はひどい」「ちゃんとできない」という、小さなドロドロ感情です。
ここで大事なのは、解決しようとせず「ある」と認めるだけ。
「集中力なさすぎ」なんてジャッジしなくていいんです。誰にでもありますから。
カナが使ったのは「言葉の脳ダマ」。
自分の状態を「今、青のりに持ってかれた」と実況中継して、心の中の動きにそっと名前をつける技術です。
EQの世界では「メタ認知ラベリング」とも呼ばれる方法ですね。
脳って、貼られた言葉のとおりに感じてくれる、ちょっと単純なところがあるんです。
だから「あ、観察されてる」と感じた瞬間、ぐるぐるしていた連想がスッと静まる。
脳と格闘するんじゃなく、優しく味方につける——それが脳ダマの面白さなんですよね。
言葉が切り替わったら、あとは小さく動くだけ。
カナの場合は「メモ帳に2行書く」「明日”メモしながら聞かせて”と伝える、と決める」というささやかな行動でした。
今夜のうちに完璧な答えを出さなくていい。1ミリでもいつもと違う行動を、今夜のうちに——それが「ちいすぐ」です。
続けなくていい、今夜2行書いただけで成功なんです。
シックスセカンズが提唱するEQ(感情知性)には、8つのコンピテンシー(感情特性)があります。
今回のカナのお話には、特に3つのコンピテンシーが効いていました。
「集中できない私はひどい」のひと言で片付けるのではなく、「今、青のりに持ってかれた」「今、夕食のことに飛んだ」と自分の心の動きに細かい名前をつけられたこと。
名前が変わると、扱い方が変わる。
これが感情リテラシー——自分の感情や状態にちゃんと名前をつける力なんです。
「真剣な話の途中で意識が飛んでしまう」——これは、カナが繰り返してきたパターンです。
そのパターンに気づけたから、「私の集中力の問題じゃなくて、脳のごく普通の働きなんだ」と少し距離を取って見られた。
気づくだけで、自分への当たり方がずいぶん柔らかくなるんですよね。
気づきを「私はダメ」で閉じてしまうのではなく、「明日もう一度ちゃんと聞こう」「メモしながら聞かせてと伝えよう」と、関係性の中の一歩に翻訳できたこと。
これは、マサキが真剣に話してくれたことを大切にしたい——という気持ちがあったからこそできた一歩なんですよね。
これが共感力の活用——相手の感情を感じ取り、つながり直す力なんです。
みなさんも、誰かの真剣な話の途中で、ふっと別のことを考えていた経験はありませんか?
もしよかったら、コメント欄で聞かせてくださいね。