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「義母はいつも口出ししてくる人」
「あの上司は話が通じない人」
「あのママ友は表面だけの人」
心の中に、そんなラベルを貼っている相手はいませんか。
貼った瞬間のことは、もう覚えていない。
なのにいつの間にか、それが「事実」になっている。
今回の「ちいドロ感情日記」では、そんな「レッテル」がテーマです。
このシーンを描いていて、私自身も思い当たることがあって、ちょっと苦しくなったんですよね。
だからこそ、カナの話を丁寧に届けたいなと思いました。
息子のハルトが、カナに嬉しそうに報告します。
「まあちゃんね、カナちゃんのこと大好きって言ってたよ?」
「えっ?」と驚くカナ。
そこへ、タイミングよくスマホが鳴ります。マユミさんからの着信。
「ハルトくんのこと、ちょっと心配で…」
その言葉を聞いた瞬間、カナの心の中に言葉が浮かびます。
「…また始まった」
カナは笑顔で「大丈夫ですよ〜!元気にしてます!」と明るく答えて、電話を切る。
でも通話を終えたあと、胸に手を当てながらカナはつぶやきます。
「…なんだろう、この胸の重さ」
これがちいドロ——小さなドロドロとした感情の始まりです。
「また始まった」という反応の下に、じわりと積もってきた何か重いもの。
その正体に、カナはまだ気づいていません。
カナの頭の中に浮かぶマユミさんの姿には、付箋がびっしり貼られています。
「口出し」「干渉」「細かい」——何枚も何枚も。
「マユミさんは”口出しする人”。それはもう、わかってることだし」
脳の省エネ機能の図が見えてきます。
誰かに会う→過去のパターン(A)(B)(C)を引き出しから取り出す→自動でレッテル!
悪意じゃない。脳の省エネ機能がやっていること。
誰かに会うたびにゼロから考えるのは、エネルギーの消耗が激しい。だから自動でラベリングしてしまう。
そこへ、ハルトがぽつりと言いました。
「まあちゃんとね、クッキー型抜きしたの!心配で…ぼくが焼いたんだよ!」
「へえ…そうなんだ」
カナの表情がわずかに動きます。そして問いかけが浮かびます。
「その人に貼ったレッテル…いつ、貼ったか覚えていますか?」
「…いつだっけ」
人間って面白いですよね。
レッテルは「貼った」というより、「気づいたら貼っていた」ものが多い気がするんですよね。

カナはソファで静かに気づきます。
「ハッとした。私、マユミさんの話…最後まで聞いたことあったっけ」
これが「言葉の脳ダマ」です。
「マユミさんは”口出しする人”」というレッテル眼鏡の言葉のままでは、脳はその通りにしか見え続けない。
でも「最後まで聞いたことあったっけ」という問い直しの言葉に変えた瞬間、EQレンズに切り替わり始める。
レッテル眼鏡:相手が見えない。
EQレンズ:相手の中にある”いろいろ”が見える。
同じ人なのに、見え方がまったく違う。
付箋がふわりと散っていく。カナは膝を抱えて、静かに思います。
「”こういう人”って決めてたの…私の方だったのかも」
そしてカナはスマホを手に取りながら、心を決めます。
「今日はちょっとだけ。最後まで、聞いてみよう」

レッテルの剥がし方の図解が見えてきます。
①「○○な人だ」と思う → ②一呼吸おく → ③「本当にそうかな?」と自問 → ④見え方が少し変わる
レッテルは剥がさなくていい。一呼吸で、端っこをめくるだけ。
カナは再びマユミさんに電話をかけました。
「マユミ(voice)…この前のね、ハルトくんの絵がとっても上手で…」
カナは遮らずに、「…うん、そうなんですね」と最後まで聞きました。
電話を切った後、胸に手を当てて気づきます。
「…あれ。いつもより、胸が重くない」
夕焼けの空を見ながら、カナはそっとつぶやきます。
「レッテルは、まだ剥がれてない。でも——端っこが、少しだけめくれた気がする」
これがちいすぐの体現です。
「今日はちょっとだけ、最後まで聞いてみよう」という一呼吸——ばかばかしいくらい小さな決意。
でもその一呼吸が、「また始まった」のループを初めて止めてくれました。
レッテルは、悪意じゃない。脳の省エネ機能がやっていること。
でも、そのラベルが分厚くなるほど、相手の本当の顔が見えなくなる。
剥がさなくていい。一呼吸おいて、端っこをめくるだけでいい。
「あの人はこういう人」という思いこみが生まれた瞬間を、私たちはほとんど覚えていない。
でも気づいたとき、こう問いかけてみることができます。
「その人の話、最後まで聞いたことあったっけ?」
みなさんの心の中にも、誰かに貼ったまま忘れているレッテル、ありますか?
もしよかったら、コメント欄で聞かせてくださいね。
実はカナは、このエピソードでちいドロ→脳ダマ→ちいすぐの3ステップを自然に回していたんです。
電話を切ったあとの「…なんだろう、この胸の重さ」という感覚。
「また始まった」という言葉と一緒に積もってきた、名前のつけにくい何か。
これが「ちいドロ」——小さなドロドロとした感情です。
ここで大事なのは、「また始まった」とスルーしないこと。
ただ「胸が重いな」と認めるだけでいい。
その重さが、レッテルに気づくための最初のサインですから。
カナが使ったのは「言葉の脳ダマ」です。
「マユミさんは”口出しする人”」という言葉のままでは、脳は確証バイアスで「口出し」に見えるものだけを拾い続ける。
でも「私、最後まで聞いたことあったっけ」という問い直しの言葉に変えた瞬間、脳が「待って、別の可能性がある」と動き始める。
相手を変えるんじゃなく、見るための言葉を変えるだけ——これが言葉の脳ダマなんですよね。
「レッテル眼鏡」から「EQレンズ」への切り替えは、たった一つの問い直しから始まります。
脳ダマでスイッチが入ったら、あとはほんの一呼吸だけ。
「今日はちょっとだけ、最後まで聞いてみよう」——たったそれだけ。
レッテルを全部剥がさなくていい。完璧に理解し合わなくていい。
「いつもより、胸が重くない」——その小さな変化が、次の一呼吸のエネルギーになります。
シックスセカンズのEQ 8つのコンピテンシーの中から、今回のエピソードで特に輝いていたふたつをご紹介します。
自分が無意識に繰り返している反応パターンに気づく力です。
カナが「私、マユミさんの話を最後まで聞いたことがあったっけ」と気づいた瞬間——これがまさに自己パターンの認識でした。
「相手が口出しする人だ」という思いこみより先に、「私が自動的に遮っていた」というパターンに気づくこと。
パターンに気づいた瞬間、脳の自動操縦に「ちょっと待って」とブレーキがかかるんですよね。
変化の出発点は、いつも自分のパターンへの気づきから始まります。
他者の感情を感じ取り、つながる力です。
カナが「今日はちょっとだけ、最後まで聞いてみよう」と決めて電話をかけた場面。
そこでマユミさんが語ったのは「ハルトくんの絵がとっても上手で」という、孫への純粋な愛情でした。
レッテル眼鏡をかけていると、その言葉は「口出し」に聞こえてしまう。
でもEQレンズで聞くと、相手の中にある”いろいろ”が見えてくる。
共感力は「相手に全面同意すること」じゃないんです。
「この人の中にも、いろんな側面がある」と少しだけ開いて聞くこと——それだけで、胸の重さが変わるんですよね。
自己パターンの認識と共感力の活用——このふたつが重なったとき、「また始まった」という自動反応から「端っこがめくれた」という変化へのシフトが起きるんです。
自己パターンの認識とは、自分が無意識にくり返している思考や行動のクセに気づく力です。脳は省エネのために過去の経験から「この人はこういうタイプ」と自動でラベリングします。これは悪意ではなく脳の仕組みですが、気づかないままだと相手を正しく見ることができなくなります。「いつそのレッテルを貼ったのか」と自分に問いかけることで、無意識のパターンに光を当て、より柔軟な関わり方を選べるようになります。