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帰宅したら、シンクに食器が山積みのまま。
疲れて台所の前に立ちながら、「……はぁ」とため息が出る。
頭の中で声がします。
「仕事も、家事も、ごはんも…全部ちゃんとできてない」
この声、今日も聞こえていませんか。
この気持ち、私自身も痛いほどわかるんです。
「全部ちゃんとやらなきゃ」と思っているのに、あちこちで小さな抜けが出てくる。
その度に、自分へのダメ出しが積み重なっていく感じ。
でもね、この「ちゃんとできてない気がする」には、
ちゃんとした脳の仕組みが関わっているんですよね。

職場で、同僚が上司に褒められているのを横目に、カナは複雑な表情でパソコンに向かっています。
「…すごいな、キョウコさん」という声が聞こえているのに、どこか遠い。
帰宅後、書類を見直して気づきました。
「あ…ここ、間違ってる」
シンクの前で力なく立ち尽くしながら「…はぁ」。
そして暗闇の中で膝を抱えて、こう思うんです。
「仕事も、家事も、ごはんも…全部ちゃんとできてない」
でもここで、ちょっと立ち止まって考えてほしいんです。
本当に「全部」できていないのか。
それとも、できていない部分だけが大きく見えているだけなのか。
人間って面白いですよね。脳のフィルター次第で、同じ一日がまったく違う一日に見えてしまうんです。
これがちいドロ——小さなドロドロとした感情の始まりです。
「ミスを見つけた瞬間のズキッ」と「夜のシンク前のため息」が重なって、どんどん大きくなっていくあの重さ。

「キョウコさんはあんなに完璧なのに…私って何やっても中途半端」
マイナス思考のフィルターの図が見えてきます。
テストで95点を取っても「0点と同じ!」と×がつく。
100点以外=0点(白黒思考)——扁桃体=不安センサーが常時作動していて、「まだ足りない!」という警報を鳴らし続けている状態です。
「その”ちゃんとできてない”って気持ち…何が混ざってるんだろうね」
その問いかけが落ちてきた瞬間、カナはふと思い出します。
「カナさんの資料、わかりやすかったですよ」
「…あれ。そう言ってくれてたっけ」
できていることは、フィルターに引っかかって見えなくなっていたんです。
ちゃんと存在していたのに。

「”ちゃんとできてない”の中身…悔しい?疲れてる?……認めてほしい、かも」
頭の中に、悔しい・疲れてる・認めてほしい、という言葉が浮かんでくる。
これが「言葉の脳ダマ」です。
「全部ちゃんとできてない」というひとかたまりの言葉のままでは、脳はダメ出しのループを回し続ける。
でも「悔しい」「疲れてる」「認めてほしい」という正確な言葉に分解した瞬間、脳が「正体がわかった」と判断して少し落ち着く。
そして「減点→加点にシフト」の図が見えてきます。
完璧(100点)の岩を背負って潰れそうになるより、最善(今のベスト)を持って軽やかに歩く。
「完璧」から「今のベスト」への言葉の置き換えが、脳ダマの核心なんですよね。
カナはキッチンで、おそるおそる今日できたことをスマホのメモに書き出してみます。
「今日…できたこと、かぁ」
メモに並んだのは:「資料の半分は仕上げた」「朝ちゃんと起きた」「ハルトのお弁当作った」。
「あれ……書き出したら、意外と出てくる」

「”ちゃんと”の基準は自分で決めていい」——図解には他人の基準と自分の基準の定規が並んでいます。
昨日の自分と今日の自分を比べる「自分の基準」を持つこと。
ベッドに座ってスマホを見ながら、カナはつぶやきます。
「大したことじゃない…けど」
でも、その「けど」の先に、小さな温かさがある。
「意外と……やってたな、私」
完璧主義は一晩では治らない。
心の声はまだ「まだ全然、完璧主義は治ってない」とつぶやいている。
でも最後にこう思えた。
「でも……今日はここまでできた、……に◎」
これがちいすぐの体現です。
スマホのメモに「今日できたこと」を3つ書き出しただけ——ばかばかしいくらい小さな行動。
でもその3行が、「全部ちゃんとできてない」から「意外とやってたな」への景色を変えてくれました。
「全部ちゃんとできてない」という声の正体は、
悔しさ・疲れ・認めてほしいという気持ちが混ざったもの。
まず感情に名前をつけて、「今日できたこと」を3つだけ書き出してみよう。
「意外とやってたな」——その小さな発見が、減点方式から加点方式への第一歩。
「ちゃんと」の基準は、他人の定規じゃなくていい。
昨日の自分より少しだけ前にいる今日の自分に、小さく◎をつけてあげてほしいんですよね。
みなさんも、「全部ちゃんとできてない」という声が頭の中でぐるぐるする夜、ありますか?
もしよかったら、コメント欄で聞かせてくださいね。
実はカナは、このエピソードでちいドロ→脳ダマ→ちいすぐの3ステップを自然に回していたんです。
書類のミスを見つけた瞬間の「ズキッ」と、夜のシンク前での「…はぁ」というため息。
「全部ちゃんとできてない」という頭の中の声。
これが「ちいドロ」——小さなドロドロとした感情です。
ここで大事なのは、「全部ダメだ」という結論を急がないこと。
ただ「ため息が出てるな」と認めるだけでいい。
その感覚は、脳からの大切なサインですから。
カナが使ったのは「言葉の脳ダマ」です。
「全部ちゃんとできてない」というひとかたまりの言葉のままでは、脳は白黒思考のフィルターでダメ出しを増幅し続ける。
でも「悔しい・疲れてる・認めてほしい」という正確な感情の言葉に分解した瞬間、脳が「正体がわかった」と判断して落ち着き始める。
さらに「完璧(100点)」を「最善(今のベスト)」という言葉に置き換えることで、脳の評価基準そのものが変わる——これが言葉の脳ダマの二段階の力なんですよね。
感情に名前をつけ、基準の言葉を変える。それだけで、不安センサーが少し静かになっていきます。
脳ダマでスイッチが入ったら、あとはほんの3行だけ。
「今日できたこと」をスマホのメモに書き出す——たったそれだけ。
全部解決しなくていい。完璧主義が一晩で治らなくていい。
「意外とやってたな」という気づきの温かさが、次の一日への小さなエネルギーになっていきます。
シックスセカンズのEQ 8つのコンピテンシーの中から、今回のエピソードで特に輝いていたみっつをご紹介します。
自分の感情に正確な名前をつけられる力です。
「ちゃんとできてない」という感覚は、ひとつの感情ではありません。
悔しさ・疲れ・承認欲求・孤独感・焦り——複数の感情がひとかたまりになって「ダメだ」という声になっています。
カナが「”ちゃんとできてない”の中身…悔しい?疲れてる?…認めてほしい、かも」と気づいたとき、それがまさに感情リテラシーの実践でした。
漠然とした「ダメだ」のまま放置すると、脳はずっと警戒し続ける。でも「これは疲れからくる感情だ」と名前がつくと、脳は少し落ち着きを取り戻すんですよね。
可能性を信じて前に進む力です。
「今日できたこと」を書き出すという行動は、楽観性の発揮そのものです。
楽観性は「うまくいくはず!」という根拠なき明るさではなく、「今日の自分にできたことは、確かにある」という事実への信頼です。
「減点方式(完璧=100点)」から「加点方式(最善=今のベスト)」への切り替えは、現実を否定するのではなく、現実の中の別の側面に目を向ける力。
白黒思考フィルターが見えなくさせていたものを、もう一度見えるようにする——それが楽観性の発揮なんですよね。
外からの報酬ではなく、自分の価値観から動く力です。
「ちゃんとしなきゃ」という強迫的な感覚は、多くの場合外からの評価軸で動いています。
「他人にどう見られるか」「キョウコさんと比べてどうか」という基準が、知らないうちに「ちゃんと」の定義になってしまっている。
「”ちゃんと”の基準は自分で決めていい」「昨日の自分と比べる」という視点は、まさに内発的モチベーションへの切り替えです。
「意外と…やってたな、私」という気づきの温かさは、外からの評価では得られない。
自分の内側から湧いてくるものだからこそ、静かで、でも確かな力になるんですよね。
何をやっても「まだ足りない」という感覚。完璧主義は高い基準を持つ力でもありますが、同時に「今の自分」を見えなくさせる霧にもなります。
EQの「感情リテラシー」では、自分への評価の歪みに気づくことを大切にします。「ちゃんとできてない気がする」は事実ではなく、感情がフィルターになった認知です。
今日できたことに目を向けること。完璧にできなくてよい。「やった」という事実は、気持ちがどうであれ、ちゃんとそこにあります。