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ママ友ランチから帰ってきて、ソファに座った瞬間。
さっきまでの笑顔が、すうっと消えていく感覚…覚えがありませんか?
「あれ?私、今日、何感じてたっけ?」
夫に「楽しかった?」と聞かれて、反射的に「うん、楽しかったよ」って答えた自分。
でも夜、なぜか眠れない。肩が、ずしんと重い。
これ、カナだけの話じゃないんですよね。
私自身も、何度も経験してきた感覚なんです。
周りの感情を敏感にキャッチできる人ほど、不思議と自分の気持ちがわからなくなる。
それは性格の弱さでも、共感しすぎる罪でもなくて…ちゃんと、理由があるんです。

玄関を開けて、リビングに入って、ソファに腰を下ろした瞬間。
カナの顔から、表情がすうっと抜けていきます。
ランチの席ではあんなに笑っていたのに。
誰もいない部屋でひとりになった途端、胸の奥に小さなモヤッが落ちる。
これが「ちいドロ」です。
名前のつけにくい、でも確かにそこにある——小さなドロドロ感情。
このシーンを描いていて、思ったんですよね。
笑顔が消える瞬間って、実は「本当の自分」が顔を出した瞬間でもあるんだなって。
解決しようとしなくていいんです。
「ある」とだけ、認める。それだけで、ちゃんと十分なんですよね。

夫に「楽しかった?」と聞かれた瞬間、カナの口は勝手に動きます。
「うん、楽しかったよ」
…本当に楽しかったんだっけ?
自分でも、よくわからない。
夜、布団に入っても眠れません。肩が重い。
胸の奥でモヤモヤが、少しずつ大きくなっていく。
このシーンを描いていて、すごく胸が痛くなったんですよね。
だって、自分の感情がわからないって、ちょっと心細いことじゃないですか。
でもね、これは「鈍感」だからじゃないんです。
むしろ逆。共感アンテナが外に向かって全開だから、自分の内側の感覚を拾う余裕がなくなっているだけ。
カナはちゃんと、優しすぎるほど優しいんです。

翌朝、息子のハルトが無邪気に聞きました。
「ママ、昨日のランチ楽しかった?」
カナは、初めて立ち止まります。
「…楽しかった、って、何だろう」
そしてその夜、寝る前。
カナは日記帳を開いて、自分にそっと言いました。
「1分だけ。3行だけ書いてみよう」
これが「時間の脳ダマ」です。
「自分の感情を全部わかろう」とすると、脳はフリーズしてしまう。
でも「1分だけ」「3行だけ」と脳に優しく約束すると、不思議とペンが動くんですよね。
脳って、長期戦が苦手で、短期戦が大好きなんです。
だから、その性質を敵じゃなくて味方にしてあげる。
ぐっと我慢して頑張るんじゃなくて、ふっと優しく騙してあげる。
そして書くときのコツは、頭で考えるんじゃなくて体に聞くこと。
「肩、張ってない?」「眉間、しわ寄ってない?」
体は、心より先に知っているんですよね。

日記には、たった3行だけ書きました。
「今日の私/疲れた/本音を言えなかった/でも、気づけた」
翌朝、ハルトがまた聞きます。
「ママ、今日も楽しい?」
カナは少し考えてから、正直に答えました。
「…ちょっと、疲れてるかな」
たったひと言。
でも、この「ちょっと疲れてる」が言えた自分に、肩の力がふっと抜けます。
これが「ちいすぐ」。
完璧に感情を整理できなくていいんです。1ミリだけ、いつもと違う言葉を口にする。
それだけで、「わたし」が少しずつ戻ってくる。
笑顔が消えた瞬間に気づいたら、それは「ちいドロ」のサイン。
「3行だけ」と脳に約束して、今日の自分を書き留めてみよう。
感情がわからなくなっている自分を、責めなくていいんです。
それだけ、あなたが周りに優しくしてきた証なんですから。
このエピソードで、カナは自然に3ステップを回していました。一緒に振り返ってみますね。
ソファに座った瞬間に消えた笑顔、夜の重い肩、眠れなさ。
これが「ちいドロ」——名前のつけにくい、小さなドロドロ感情です。
大事なのは、「こんなことでモヤモヤする私、変かな」と思わないこと。
誰にでもあるんです。ただ「ある」と認めるだけで、ちゃんと十分なんですよね。
カナが使ったのは「時間の脳ダマ」。
「自分の感情を全部理解しなきゃ」と考えると、脳は固まってしまう。
でも「1分だけ」「3行だけ」と限定すると、不思議とペンが動く。
脳って、長期戦が苦手で短期戦が好き。その性質を敵じゃなくて味方にしてあげる。
これが脳ダマの本質なんですよね。脳と格闘するんじゃなくて、脳に味方になってもらう感覚。
3行の日記、そして翌朝の「ちょっと疲れてるかな」というひと言。
ばかばかしいくらい小さな行動。でも、これが「わたしに戻る扉」になるんです。
続けなくていい。完璧じゃなくていい。
1回やるだけで、もう成功なんですよね。
シックスセカンズのEQ 8つのコンピテンシーから、今回のカナのストーリーで特に響くものをピックアップしてみますね。
「楽しかった」と反射で答えてしまう状態は、感情リテラシーが少し錆びかけているサイン。
でもカナは、3行の日記で「疲れた」「本音を言えなかった」と書き出しました。
これが感情リテラシーの再起動です。
感情に名前がつくと、その感情に振り回されにくくなる。
だから、まずは雑でいいから「肩が重い」「胸がざわつく」と言葉にしてみる。
それだけで、感情との距離が少し取れるんですよね。
「楽しかった?」と聞かれたら反射で「うん」と答える——これがカナの「いつものクセ」。
気づかないと、ずっと他人モードのまま、自動運転で日々が過ぎていきます。
でも一度「あれ?私、いつもこう答えてるな」と気づけたら、次からは少し選び直せる。
小さな自覚が、大きな自由につながっていくんです。
カナの共感力は、ちゃんと働いています。むしろ、働きすぎているくらい。
だからこそ、そのアンテナをたまには自分の内側にも向けてあげる。
共感力って、他人だけじゃなくて、自分自身にも使っていい力なんですよね。
「今日のわたし、お疲れさま」って、自分にも優しい言葉をかけてあげていいんです。
みなさんは、「楽しかった?」と聞かれて、反射で「うん」と答えてしまった経験はありませんか?
もしよかったら、コメント欄であなたの「あの夜の話」を、そっと聞かせてくださいね。
感情リテラシーとは、自分の感情を認識し、それに名前をつけられる力のこと。でも共感力が高い人ほど、他人の感情を優先して自分の気持ちを後回しにしがち。「楽しかったはず」と頭で判断する前に、体の声(肩の重さ、眉間のしわ)に耳を傾けてみる。体は心より先に本音を知っているから、まずは体に聞くことで、自分の感情を味方につける第一歩になるんです。