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同僚の昇進を知った瞬間、「おめでとう」と言いたいのに、胸のあたりがキュッと締まる。
帰り道、脳の中で「もしも大会」が始まる。
「もっと早く復帰していたら」「資格を取っていれば」「転職してたら」。
夜中の2時、隣で眠る子どもの寝息だけが聞こえる静かな部屋で、
「もしも」が止まらない。
この感覚、痛いほどわかるんですよね。
でもね、安心してほしいんです。
「選ばなかった道がキラキラ見える現象」には、ちゃんと脳の仕組みとしての理由があるんです。
今日は、主人公カナのエピソードを通して、その正体といっしょに向き合ってみましょう。

キッチンでお茶を入れながらスマホを見ていたカナ。
画面に流れてきた一行のメッセージ。
「…キョウコが新規プロジェクトのリーダーに?」
胸のあたりが、じわりと締まる感覚。
黒いモヤが広がるような、あの感じ。
廊下では、同僚たちがキョウコを囲んで笑っている。
「キョウコ昇格おめでとう〜!」「頑張るね!」
カナはその輪の外に立って、心の中でつぶやきます。
「キョウコは迷わなかったんだろう。私みたいに、立ち止まったりしないで…」
そして暗い部屋の中、パソコンの前で頭をよぎるのは、キラキラと輝く「もしも」の自分の姿。
「あの時、育休から早く復帰してたら…今頃あのポジションは…私が…」
この胸のキュッ。これがちいドロ(Feel)です。
小さいけれど、ちゃんと意味のある感情のしずくなんですよね。

深夜2時。子どもと夫が眠る布団の中で、カナの目は開いたまま。
「もし資格を取っていれば…もし転職していれば…もしも、もしも…」
翌朝、夫に「顔色悪いけど大丈夫?」と声をかけられても「大丈夫。ちょっと寝つきが悪かっただけ」と答えてしまう。
全然大丈夫じゃないのに。
このシーンを描いていて、私はすごく胸が苦しくなったんですよね。
「大丈夫」って言わなきゃいけない気がして、本当のことを言えない。
その孤独感、わかる気がして。
そしてカナの中でフラッシュバックのように蘇る、問いかけ。
「『あの時こうしていれば』と考える時、選ばなかった道に何を見ていますか?
その道は本当にキラキラしていましたか?それとも…」
漫画の中に、とても印象的な図が登場します。
左の道(選んだ道)は実際に歩いてきた現実の道。
右の道(選ばなかった道)は、虹がかかってキラキラ輝いている。
でもそのキラキラは、脳が勝手に美化した幻想なんです。
これが「後知恵バイアス」と呼ばれる、脳の罠なんですよね。

ソファに座ったカナの横で、ハルトくんがブロックで遊んでいる。
カナはぽつりと気づきます。
「もし育休から早く復帰していたら…ハルトの最初の『ママ』を聞けなかったかもしれない」
そしてノートを開いて、こう書き始めます。
「資格を取る余裕?あの時はハルトの夜泣きで3時間しか寝てなかった。
あの時の私は、あの時の精一杯だった。」
これ、すごく大事な言葉だと思うんです。
夜泣きで毎日3時間しか眠れていなかった自分に「資格を取るべきだった」なんて、
後出しジャンケンもいいところですよね。
ノートに書いた瞬間、カナの胸のあたりに変化が生まれます。
「…あれ。さっきまでギュッてしてた胸のあたりが…少しだけ、ゆるんだ」
完全に消えたわけじゃない。でも、ほんの少し、ゆるんだ。
この「ゆるむ」感覚が、ちいすぐ(Act)の始まりなんですよね。
そしてそこへ、ハルトくんが駆けてきます。
「ママ!みてみて!ブロックでおうちつくったの!」
「…うん。見せて」
この「うん。見せて」という一言に、私はとても温かいものを感じました。

夜、眠るハルトくんの寝顔を見ながら、カナはそっとつぶやきます。
「この寝顔があるのは、あの時の選択があったから。」
翌朝、職場の廊下でキョウコとすれ違う。
胸が「まだちょっとチクッとする。でも…」
カナは、一呼吸おいて言いました。
「キョウコ、リーダー就任おめでとう。応援してるよ。」
キョウコは笑顔で「え、カナ…ありがとう!一緒に頑張ろうね!」と答えます。
完全にスッキリしたわけじゃない。チクッとする気持ちは、まだある。
でもカナは、コーヒーカップを手に窓の外を見ながら思うんです。
「選ばなかった道は、もう歩けない。
でも、選んだ道は、まだ続いてる。
…まだ途中。でも、悪くないかも。」
この着地、すごく好きなんですよね。
「完璧に乗り越えた!」じゃなくて「まだ途中。でも悪くないかも」。
そのくらいで、十分なんだと思います。
選ばなかった道がキラキラ見えるのは、意志が弱いからじゃない。
脳が勝手に美化しているだけ。
あの時の自分は、あの時の精一杯だった。
選んだ道は、まだ続いている。
「あの時、違う選択をしていれば」という思いは、
「もっと良く生きたい」というエネルギーが心の中にある証拠だと思うんです。
問題はそのエネルギーの向き先。
過去に向け続けると苦しくなるけれど、今とこれからに向ければ「次はこうしてみよう」という一歩になる。
後悔は、敵じゃない。
ちいドロ(Feel)→脳ダマ(Think)→ちいすぐ(Act)の順番で、少しずつ扱っていけるものなんですよね。
みなさんも、「あの時こうしていれば」と夜中に考えてしまったこと、ありますか?
よかったら、コメント欄で聞かせてくださいね。
「ちいドロ感情日記」では、脳の自動反応パターンのことを「脳ダマ」と呼んでいます。
今回のエピソードには、二つの「脳ダマ」が登場しています。
選ばなかった選択肢を、脳が勝手にキラキラさせてしまう認知のクセです。
選んだ道のデメリットは鮮明に覚えているのに、選ばなかった道のリスクはきれいさっぱり忘れてしまう。
「あっちなら完璧だったはず」というストーリーを、脳が勝手に作り上げるんですよね。
カナが「早く復帰していたらリーダーになれたかも」と感じたのは、その典型です。
でも実際には、当時の体力・睡眠・状況すべてが「そうできなかった理由」だったはずで。
ぼんやりしている時や夜中に活発になる脳の回路があります。
これが過去の出来事を何度もシミュレーションし直してしまうんです。
だから深夜2時に「もしも」が止まらなくなるのは、意志が弱いからじゃない。
脳の仕組みがそうさせているだけなんですよね。
この順番が、とても大事なんです。
気づかずに行動を変えようとしても、夜中の「もしも」はなかなか止まってくれない。
まず感じて、仕組みを理解して、それから小さな一歩を踏み出す。
この流れが、ちいドロの核心なんですよね。
EQ(感情知能)には、シックスセカンズの考え方で8つのコンピテンシーがあります。
今回のカナのエピソードでは、特に2つが深く関わっています。
可能性を信じて前に進む力。ただし、これは「根拠のない前向き思考」とは違います。
カナが「選ばなかった道は、もう歩けない。でも、選んだ道は、まだ続いてる」とつぶやいた瞬間、これがまさに楽観性の発揮なんです。
過去を書き換えることはできない。
でも、過去の「意味づけ」は今の自分が選び直せる。
「あの選択は失敗だった」ではなく「あの選択があったから、今ここにいる」。
心理学で「リフレーミング」と呼ばれるこの視点の転換は、EQでも大切にされている考え方なんですよね。
地味に見えるかもしれないけど、これって実はすごく大きな力を持っています。
行動の結果を想像する力。これは未来だけでなく、過去の選択を振り返る時にも使えます。
カナが「もし早く復帰していたら、ハルトの最初の『ママ』を聞けなかったかもしれない」と気づいた場面。
これは選ばなかった道にも、失われるものがあったという結果を、初めて想像できた瞬間です。
後知恵バイアスは「選ばなかった道のメリット」しか見せてくれない。
でも結果を見据えた思考を使うと、その道のリスクやコストにも目が向くようになるんです。
「あの時の精一杯だった」という言葉は、自己批判をやめるための言い訳じゃない。
当時の現実を正確に見ようとする、誠実な思考なんですよね。
「あの時こうしていれば」と感じることは、決して悪いことじゃないと思うんです。
だってそれは、もっと良く生きたいというエネルギーが自分の中にある証拠だから。
そのエネルギーを過去に向け続けると苦しくなる。
でも今とこれからに向ければ、「まだ途中。でも悪くないかも」という一歩になる。
人間って面白いですよね。
後悔という感情の中に、前に進む種が隠れているんですから。
過去の選択を何度も頭の中でやり直す。この「後悔のループ」は、脳が問題を解決しようとしている証拠でもあります。
EQの視点では、後悔は「過去への執着」である以上に「今の自分への不満や不安」のサインであることが多い。「あのときの自分」を責めることで、今向き合うべき感情を回避していることがあります。
過去は変えられませんが、今この瞬間の選択は変えられます。後悔のエネルギーを「今できること」に向け直すこと、それが感情ナビゲーションの力です。